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2005年5月28日 銚子ヶ滝編 友人が4月に福島に帰郷した。「福島はいいよ〜、いろんな山もあるし、案内してあげるから遊びにおいで〜。」とうことで、前々から行きたかった母成峠周辺の銚子ヶ滝に連れて行ってもらう事になる(^^)/。 母成峠の戦いの際、土方歳三ら新撰組が守備していた場所は、銚子ケ滝の上のあたりだと以前何かで読んだ記憶があったのだ。 (細かくは勝岩下を約70名で守備していたらしい。ちなみに勝岩上は伝習第二大隊他約300名あまりが大砲を備えて守備していたとか・・・by会津武家屋敷発行「救え会津ー救援の勇者たちー」より)
しかし、ここら辺にも山登りに来た事があるという友人は、母成峠にそんな歴史があったとは初耳だとか(^_^;)。
銚子ヶ滝への行き方 |
![]() 銚子ヶ滝入口 |
銚子ヶ滝の滝つぼに降りる直前に長〜い階段があるけれど、手すりもあるし、急な個所には鎖が取り付けられているので大丈夫。帰りはもちろんこの階段を上がって行かねばならない事を忘れちゃいけないけどね(^_^;)。 |
![]() 銚子ヶ滝への階段 |
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![]() 銚子ヶ滝の滝つぼから見た石筵川の下流方向 |
銚子ヶ滝は思ったより水量も多くて、なかなか見ごたえがあった(^^)/。
昨日会津ではヒョウまで降る大荒れの天候だったらしく、きっとそのせいで水量も多かったのかもしれない。 それはそうと勝岩ってどこなんだ???と、滝の写真を撮りに来ていた人や山歩きに来ていた人(何故かこんな場所でカップラーメンを食べていた)に聞いてみるが誰も知らない(T_T)。
とりあえず銚子ヶ滝の上の方という事は、あの滝の流れ出している場所あたりかな?と、今度は滝つぼの上へと向かう。 |
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「多分滝の落ちはじめはこの先から見えるはずだよ、行くでしょ?」と言うなり友人は、何の躊躇もなく道から外れて藪の中を下りはじめた・・・・・・・・・・・絶句(@_@)。 『ちょ・・・ちょっと待ってよ〜、そこ道じゃないじゃん!その藪の先は崖っぷちと違う???』 ・・・でも、滝の落ちはじめる場所に行ってみたいと言ったのは私・・・ とりあえず距離的にはそんなになかったので、仕方なく木やつるにつかまりながら恐る恐るついて行くが、 多少高所恐怖症の身には厳しい(>_<)。 しかし、やはり川への道は崖にはばまれていた。藪の中から滝の落ちはじめる場所やその周囲の風景は見れたものの、 川の近くまで下りる事はできない。川の対岸も同様なので、 銚子ヶ滝の上と言っても、この辺に台場を作るのは無理っぽいよね、という結論に達した私達は再び山道に戻って和尚山方面に歩き出す。 |
![]() わかりにくけれど左と真中の写真は上から見た銚子ヶ滝の落ちはじめ 右の写真は銚子ヶ滝よりやや上流に位置する小さな滝 崖を降りていかなければならないのでこれらの場所には行き着けなかった |
![]() ここで石筵川を渡り和尚山への道が続く |
しばらく行くと川辺に出た。
位置的には沢を渡れば和尚山への道につながる場所だ。
その川辺の周囲が、ちょうど広場のような感じに多少開けている。
テント担いで山にも入る友人に言わせると、「キャンプに水場はすっごく重要!
ここなら水場も確保できるし、集まって何かするにはちょうどいい!」との見解。 台場はもっと山の斜面に築いたとしても、この辺は絶対地形的にも活用していたはずに違いない。 という事で、川に落ちないように注意しながら不安定な石や、枯れ木伝いに石筵川を対岸に渡って 和尚山に向けて多少進んでみたものの、勝岩と思われる岩もないし、 これ以上進んでも仕方があるまいと、そこから来た道を引き返す事にした。 結局山道以外は、どこもかしこもうっそうとした林&急斜面にしか見えなかったので、どこにどう台場を築いていたのか全然わからなかった・・・が・・・ |
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家に帰ってからも勝岩ってどこだったのかがどーしても気になって仕方がない私は、
数年前に押入れの奥に仕舞いこんで以来目にしていない、「救え会津ー救援の勇者たちー」という本を、ついに引っ張り出すことにした。
そこに母成峠戦闘絵図が載っているのだ。それはわかっていた・・・わかっていたけれど・・・
あまりにも奥に入れていたので、行く前にそれを出す元気も暇もなかったのだぁ〜(T_T)。押入れのもの全部出さなきゃいけないんだもん(-"-)。
出してびっくり、私が思っていた以上にかな〜り細かく記載されていた母成峠戦闘絵図。 でも母成峠戦闘絵図と、5万分の1の現在の地図を見比べると、石筵川の蛇行の形から見て、私たちが和尚山に向けて川を渡った辺りがちょうど勝岩下にあたるような気がする・・そして新撰組が守っていたのは勝岩下・・・って事は、 そこに行きたかった私の目的はもしかして達せられていたのかも???あの川辺なら、たとえ白兵戦になっても新撰組の本領が発揮できるしなぁ、なんて思ったりしたけれど、さて真相やいかに?なんせ方向音痴な私だから定かではない(^_^;)。 その川辺から川伝いに上流に行くにはちょっと無理っぽそうだったので、川辺を後に、 安達太良山方向に行く道の方を進めば、きっと勝岩の上に出たはず・・・せっかく行ったのに惜しいことをしてしまった(T_T)。 いつものごとく、詰めの甘い私なのであった。 |
