オンライン小説〜銀の騎士〜剣と魔法のファンタジー物語

銀の騎士外伝-金の王子-

第3章〜刺客〜

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(1)

曇った窓から自分の為だけの中庭を見下ろしながら、セラムは長い指でグラスを弄んだ。グラスの中は透明感のある薄桃色のぶどう酒が入っているが、口をつけていない。時折香りを楽しんでは、口の端を釣り上げて笑った。

窓の外には静かな雪が降っている。雪は醜いものすべてを呑み込んで、真っ白く輝いた。セラムの好きな池も凍り付き、その上には雪が積もっているので、そこに池があった事など見る陰もない。

控えの間から誰かがこの応接室に近付いて来る足音がする。ゆっくりとした落ち着きのある足取りだ。それが誰であるか、セラムには振り返らずとも分かる。毎朝決まってやって来るのは、サンバールしかいない。

コンコン。

扉をたたく音が聞こえる。これも毎朝決まった儀式だった。
サンバールはセラムの返事も待たずに扉をあける。

「おはようございます。王子。」
侍女が控えている次ぎの間の扉があいている時は、セラムを王子と呼ぶ。
いつもと変わらぬ朝。そう、このぶどう酒も……。
セラムは窓ガラスに映ったサンバールをまっすぐに見据え、乾杯のポーズをとった。

「君も一緒にどうだい? 毒入りぶどう酒。」

サンバールは素早く、テーブルの上にあるぶどう酒のビンを手に取り、香りを確かめた。微かにギドルの甘い香りがする。用心していなければ、それはぶどう酒の甘い香りにかき消され、全く気づかないだろうと思われた。

「連中も懲りない事だな。いつもいつも同じ手を使って、呆れるよ。」
「これは誰が持って来たのです。」

「誰だと思う?」

セラムはやっと振り返って、薄水色の布張りで縁には王家の印を彫刻してあるソファに腰を降ろした。目の前のテーブルにグラスを置いて指を組む。サンバールが黙っているのを見て、フッと笑いながら組んだ指の上に顎をのせた。

「君だよ、サンバール。」
「……私、ですか?」

「そう、君からのカードが付いていた。ほら、これ。」

セラムが人さし指と中指の間に挟んだカードを軽く投げると、カードはサンバール目掛けて勢いよくまっすぐに飛んだ。サンバールはこれを右手で受け、カードの文字を見る。

”我が君に。   サンバール。”

「…………。」

「君の筆跡じゃないのはすぐにわかる事なのに。」

セラムがフンと笑って、また窓の外に目をやる。

「筆跡以前に、私があなたを我が君なんて呼ばないという事を、調べておくべきでしたね。」
「まったくだ。なまじ、カードなんかない方が間違えて飲んでしまう確率は高いよ。」

「毒はまたギドルのようですね。あれから何回目ですか? こんなものが送られて来たのは。」

「数え切れないよ。」
「いつも言っている事ですが、私が与えたもの以外、絶対に口にしないで下さいよ。いくら空腹の時でも。」

「サンバール……。与えたものはないだろう。私はセラムじゃないんだから。」
そう言って部屋のすみでおとなしく眠っている白い大きな犬に視線を投げる。もう最近では一日中寝てばかりいて、名前を呼んでも耳をぴくりともさせない。

「私にとってはどちらも同じようなものです。」
サンバールは大真面目に答えた。

サンバールが死ぬような目にあったあの春の日から、2人の信頼は急激に高まっていた。いつも一緒に過ごしていた幼少の日々よりさらに、お互いを大切な存在として認識し始めていた。命の危険を身をもって体験し、どんな時にも常に、危機感を感じるようになっていた。

あの日の傷は今も生々しく残っている。サンバールはこの傷を受けた事を一生忘れないだろう。鋭利な短剣の刃先を受けたのがセラムでなかった事を、何度も何度も神に感謝した。咄嗟に殺気を感じて振り返っていなければ、短剣はセラム目掛けて飛んでいった事だろう。世界を分かつ境界線とも思われた、あの森の中から突然飛んで来た短剣……。余程の力がなければ、あんなに深くは突き刺さらない。人陰は見えなかった。でも誰の仕業かは想像が付く。

セラムの命を狙う理由は一つしかない。

王位継承権。

王にはセラムの他にも王位継承権を持った王子が十四人もいる。彼等のうちの誰か、もしくは彼等の母親のうちの誰かが、セラムの命を狙う可能性は十分に考えられる。にもかかわらず、王はセラムに毒をもった罪で、一人の侍女を投獄したのみだった。侍女がその後どうなったのかは知らない。本当に罪を犯したのかどうかも定かではない。わかっているのは、王がそれ以後、追求の手をのばさず、セラムが何度も狙われる羽目になったという事だけだ。

いつも気をつけている。だが、いつ危険が襲い掛かって来るかは分からない。サンバールは気を抜くひまがなかった。それでも自分の知らない所でこのような酒がセラムの手に渡っているかと思うと、どうしたらよいか分からなくなる。

「そんな顔をするな。私は大丈夫だ。この頃は夜会にも出ない。この部屋から一歩も出ないようにしている。君と一緒の時以外。」

セラムはむこうを向いたまま、小さな声でそう言った。
ここに来たばかりの頃、セラムは毎晩のように夜会に出ては、そのまま知り合った貴族女性の部屋で夜を明かす事もしばしばだった。貴婦人達は退屈しきっており、セラムは格好のおもちゃだった。

始めの頃は新しい生活の何もかもが楽しく、セラムは喜んで夜会に足を運んだ。サンバールは何も言わなかった。だが、そのうちに飽きて来たらしく、あまり夜会の話は出なくなっていた。ひと頃は、そういった席で懇意になった女性からの贈り物が、それこそ毎日のようにどっさりと届いていたが、命の危険を体験してからは、すべての贈り物をサンバールが退けていた。

もしかしたら、その頃から王子に近付く為の刺客が放たれていたのかも知れない。

「王に何度も遣いを出している。」
唐突にセラムが口を開いた。こんな風に何かを自分から言い出す事は最近のセラムには珍しい。あれ以来すっかりふさぎ込んで、自暴自棄になっていたのに。サンバールは黙って次の言葉を待つ。

「旅に出してくれるように……。その事で謁見したいと申し出ている。でも王は返事をよこさない。私がこんなに危険な目にあっているというのに。」

旅……。いつかセラムが世界中をまわりたいと言っていた事を思い出す。あんなにもセラムを過保護にして来た王が、何の手も打たないでいるのがサンバールには不思議でならない。いっその事、セラムの言うように他国へ避難した方がはるかに安全かも知れない。

「それは、いいお考えです。私からも父に頼んでおきましょう。」

窓に映ったセラムの顔が、心なしか微笑んだように見えた。

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