オンライン小説〜銀の騎士〜剣と魔法のファンタジー物語

銀の騎士外伝-金の王子-

第4章〜船出〜

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(2)

船の手配は本来サンバールの仕事ではなかった。しかし、セラムをリュニアル家に預けている今、王宮での仕事は何もない。つまらない会議に参加させられ、ありもしない戦のための城の守りについて意見を聞かれたり、一部の貴族の私利私欲の為に近衛騎士団をもう一団増やすべきだと言う演説を聞かされたりするよりは、街に出た方がはるかに刺激がある。

それにおそらく、船の手配に行った者は相手の言い値を支払ってしまうに違いない。
相手が王宮と知れば船主は相場の二倍にも三倍にも吹っかけて来る。
それを素直に支払うなど馬鹿げた話だった。

バルボーンの通貨は三種類の紙幣しかない。一番小さいのが一ゴール。
これが百枚分で一ボール。ボールが百枚で一ゾールである。
王は遊学の費用として一ゾール紙幣を百枚用意していた。
船は王宮所有の船を使うつもりでいたのだ。

しかし王宮所有の船を使えば、セラムの出航はすぐに敵の知るところとなる。秘密裏に出航する為に最適で、かつ安全な船を手配する必要があったのだ。そんな役目を誰とも分からぬ者に任せてはおけない。

サンバールは王に、第一王子を乗せる大切な船は自分が選びたいと申し出た。王ははじめ、王宮の船を使わない事に難色を示したが、サンバールは、秘密裏に行動する必要性と刺客の危険を長々と説き、やっとの事で承諾を得た。王はサンバールの話があまりに長いので、途中で面倒になったらしく、船の件をすべてサンバールに一任すると約束し、更に費用を百ゾール上乗せしたのだった。

二百ゾールはレント伯爵から受け取った。レント伯爵は、国王の片腕とも言うべき大臣で、片時も王の側を離れない忠義ぶりだ。信頼に値する人物であるばかりでなく、二番目の娘を側室として王家に嫁がせてもいた。娘は三番目の王子を産んでおり、王宮内でもっとも地位の安定した家柄であると思われた。 背が高く、痩せた体つきは貧弱とさえ見えたが、寡黙で品のある口元に携えた立派なあご鬚は、静かな貫禄を感じさせるに充分だ。鬚は、半分白くなりかけており、それがまた知性的でもあった。

王は国庫の鍵をレントに託していた。
レントは王子が二百ゾールもの浪費をする事について、何も言わず黙って金の束をサンバールに手渡した。

しかし、サンバールは船に百ゾールもかけるつもりは毛頭ない。
王宮の者だと言う事はおくびにも出さず、誠実そうな船主を探して歩いた。

船はテドンの先の港町リルゲから出発する。リルゲには大小あわせて三十以上もの船があり、それぞれに船主がいる。誰がどんな船を持っているかを知るには、酒場に行くのが一番だった。
港町の酒場はガラが悪く、酔っ払いと娼婦でごった返していた。

「お兄さん、随分上等な身なりじゃないか。今晩あたしを買っておくれよ。」
港町の娼婦はみな、態度が露骨すぎる。彼女達は明日の糧を得る為に、客引きに余念がない。サンバールは彼女達を適当にあしらって、必要とあらば酒を振る舞い、目指す情報を聞き出した。

この街で一番誠実な船主は、ロンデル。彼は酒場にはあまり出入りしない。たまにつきあいで顔を見せても、酒も女も買わないで誰かの愚痴を訊いているだけという。

ロンデルの自宅を聞き出し、サンバールは酒場を後にした。
ロンデルの家は港のすぐ近くだった。
今は船を出していないので家にいるはずだったが、扉を叩いても返事がない。
「ロンデルさん、いらっしゃいますか?」
声をかけると隣の家の女主人が窓から顔を覗かせた。

「隣は今いないよ。あんた、ロンデルさんの知り合い?」
港町にそぐわぬサンバールの出で立ちに興味津々の女主人は、すばやく観察し目を光らせている。

「ロンデルさんはいつ帰って来るのです? 今は船を出していないはずですが。」
サンバールは素知らぬ顔で、太って脂ぎった顔を窓から突き出している女性に微笑みかけた。そんなサンバールを気に入ったらしく、彼女は家から出て来てサンバールににじり寄った。
顔だけでなく姿全体がまるく太っている。突き出たお腹がサンバールに触れる度、体当たりをされているような気分になった。

「ここだけの話だけどね。」
太った女性は声をひそめあたりを警戒した。サンバールは彼女の話を訊く為に腰を低くしなければならなかった。一体何人に”ここだけの話”を披露して来たのだろう。淀みなく喋る女性に対し、そんな事を思いながら話を訊いた。

「っていう訳なんだよ。だからあたしはロンデルさんちにやって来たお客をみんな監視してるって訳さ。でも、あんたは悪い人そうじゃないからね。特別に教えたけど、誰にも言わないどくれよ。お兄さん。」

彼女はサンバールの背中をすごい力でバシッと叩いた。苦笑いを浮かべながらも丁寧に礼を言い、まだ話し足りなそうにしているロンデル家の太った隣人を残して、サンバールは立ち去った。
彼女の話によるとロンデルは借金の為、娘をさらわれそうになって身を隠しているという。ロンデルはお人好しの性格を利用され誰かに騙されたという事だった。

何もそんな問題のある船主に船を借りずともよさそうなものだが、何故かロンデルに興味を覚え、太った隣人に教えられた家を訪ねる事にした。あんなにおしゃべりの隣人に居場所を教えたら、隠れ家の意味はないように思われた。
ロンデルの隠れ家の扉を叩くと、娼婦と思しき女性が現われ、ロンデルなんて知らないと言った。匿っているのにペラペラ喋るはずもない。

「私は船を出して欲しくてお願いにやって来たのです。この場所はロンデルさんの隣の家の女性に訊きました。」
それを訊いて娼婦らしき女性は盛大な溜め息をついた。

「まったくあのばばあ。何人ここに案内すれば気が済むのよ。」
悪態をつきながら中に入るよう手招きをする。
サンバールは言われた通り家の中に入り、扉をしめた。
「あたし、リングよ。そこ座って。」

リングの言う通り木の椅子に腰をかけ、リングの言葉を待った。媚びたところのない魅力的な女性だ。もしかしたら服装は派手だが娼婦ではないのかも知れないと、ふと思った。

「あんた、金は持ってるの?」

リングは壁に寄り掛かり腕を組んだままサンバールを値踏みしている。

「ええ、もちろん。私達の一行は総勢二十二名。それに荷物もかなりあります。秘密裏に大陸まで運んでいただける誠実な船主を探しています。」

「誠実! はっ。ならあいつがぴったりよ。」
リングは鼻で笑った。

「こっちも秘密裏に大陸に逃げようかって言ってたとこ。あんた達を乗せて……それもいいわね。」

「あなたはロンデルさんの奥方ですか?」

そうは思っていなかったが、何者ですかとも訊けないので、そう訊いたのだ。

「違うわよ。」
あはは、と大きな声で笑いをたてる。

「あたしはあいつに惚れてるただの娼婦よ。あ、勘違いしないで。あいつは娼婦を買うような男じゃないの。そこに惚れたのよ。」

サンバールは頷いたが、内心ではリングに同情した。
彼女は自ら苦労を背負い込んでしまったのだ。自分を求めてもくれない男の為に。

「その人数なら中型船で行けるわ。値段は一人二ゾール。荷物は一つ一ゾールでどう?」
「ロンデルさんの確認を取らなくていいんですか?」

「いいのよ。一番娘を逃がしたがってるのはあいつだからね。」
「追っ手が出航の邪魔をしに来ると言う事はないのですか?」

「それはあるかもね。」
あっさり言う。

「それじゃ、秘密裏に出かける事にならないのでは?」
「そりゃそうね。なんかいい案ないの?」

「わかりました。なんとかしましょう。そちらの作戦料として、船代は一人一ゾールにして下さいね。」
にっこり笑うサンバールにしばしあっけに取られ、そして次に豪快な笑いが飛び出した。

「あっはっは。もう、あんたったら気に入ったわよ。金持ちそうな成りしてしっかりしてるったら。でも作戦がうまく行かなかった時は、二ゾール貰うわよ。いい?」

「もちろん。絶対にうまくいきますから。」

出発は六日後に決まった。リングは前金として十ゾールを要求したが、サンバールはこれをはねつけた。六日の間に借金取りに捕まるかも知れない人間に、大金を渡すなんて利口な方法とは言えない。

リングはしぶしぶ納得せざるを得なかった。

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